たれものと、紬のはなし その1

更新日:10月3日



絹物というのは 庶民の着るものでは、ありませんでした。


ま、どこまでを庶民と呼ぶか・・・ということでも ありますが・・・。


お江戸の裏長屋に住まいする人々にとっては 一生、手にしなかった方が、大半でしょう。


武士階級は、当たり前に着て 黄八丈の着流し、黒羽織なんて 鯔背な格好で、町の見回りをしていましたからね。

ましてや旗本御家人はもちろんのこと 武士階級は、絹を着ます。


そこで、武士の着る「裃」の柄付けで生まれたのが 江戸小紋



この細かな(細かければ細かいほど良いとされました) 柄は、型紙で染められるのですが 錐彫りという技法で彫られた 伊勢の型紙が最高と言われました。 伊勢の方は、本当に根気強い! 真珠の、選別でも伊勢の方々の根気強さは 証明されます。 このお話は、別の機会でね。


さて、お着物の話に戻ると

町民でももちろんお金持ちは 絹物を着ました。

時代は下り 経済が発達してくると


お侍よりも 経済を握る商人が 幅を利かせてくる。 そうなると お金にあかせて 着物や帯が 様々な工夫がされ

まさに 経済力を裏付けにした 町民文化が、花盛り!


江戸の町民は、ただのネズミじゃなかった また明日のこの続きを!




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