江戸時代の話 3

当時の日本で

貧しい村が多かっただろうことは 想像に難くないです。


「おしん」はそうした一例でしょう。


特に自然環境の 厳しい地方や、

税の取立ての厳しい藩では 庶民の生活は苦しかっただろうし、

災害や飢饉が あったようなときは、

極めて悲惨な 生活だったと、

おもわれます。


火事と喧嘩は 江戸の華 などと揶揄されますが




歴史上 大火と呼ばれるもの

江戸 49回 京都  9回

大阪  6回

金沢  3回 といいます。 (藤増夫・消防の歴史400年から)


異常に江戸の火事は 多かった!

そのたびに 死人が出 家族離散や 家無し子が 生まれる。


しかしこうした

災害や飢饉をしのぎ、


生き抜いて

なおかつ


幸福と満足を

滲み出すような


人びとが 我々の祖先であったと いうことなのでしょうね。


バジル・ホール・チェンバレン

1873年にお雇い外国人として来日




「貧乏人は存在するが、 貧困なるものは 存在しない。


金持ちは高ぶらず、 貧乏人は卑下しない。


ほんものの 平等精神、

われわれは みな同じ人間だと 心底から信じる心が、 社会の隅々まで 浸透しているのである。」

私たちの中の こうした やさしさ、無欲さは はるか 昔から 私たちの中に 培われたものなのでしょう。 日本人の 不思議の一つでも ありますね。 では、また明日。

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