白洲次郎と東北

最終更新: 2018年12月7日

白洲次郎といえば、三田藩の家老の家に生まれ、 算勘に優れたお爺様と決断力のとんだお父様の影響で、 16歳にして、イギリスはケンブリッジ大学クレア校に留学。 貴族もかくやと思う潤沢な資金のもとに、異国での青春を謳歌。 帰国するや、樺島伯爵令嬢正子さんと、ひとめぼれ結婚。 当時の並み並みの会社員の10倍以上の役員報酬で、 破産した父に代わり一族を支えまます。 戦後処理のために、吉田茂氏の懐刀として、 勇名をはせた人物としてご記憶の方も多いと思います。

とにかくエピソードには事欠かない! 曰く、日本で初めてGパンを履いた男。

曰く、泣く子も黙るマッカーサーを 怒鳴りつけた男。 進駐軍のNO2から 「白洲さん、英語がうまいね」と声を掛けられ 「あなたも、もう少し勉強したら、 話せるようになりますよ」と言い放ったとか・・・。

曰く、SPをゴルフ場に入れたいといと 言った言総理大臣に、会員以外入れない。

ゴルフをしたけりゃ、、総理大臣を辞めてから来いと云ったとか・・・。 財界の大物に 「爺さん、そりゃあんたの言い草だろう」なんて、 平気で言っちゃう! カーエンスージアスト(車が大好き人間)として、 トヨタに協力したり。

80歳を超えてから、イッセイ・ミヤケの ファッションショーでモデルを務めたり!!!

勿論、夜の銀座ではモッテモテ!


そんなすごい男が、一番働き盛りの時に、 この東北に大きな足跡を残していたことをご存知ですか?

それどころか、その時に彼がこの東北にかけた思いは、 3・11の震災の時に大きく貢献していたことは、 皆様には伝わっていないのではないでしょうか。


ぜひ、このお話をお聞きいただきたいのです。

この東北には、日本再興をかけた 大きなプロジェクトがありました。

そしてその時に紡がれた夢は、 今も東北の底力となって脈々と生き続けています。

国が、どういう歴史を持つのかということが、 重要な意味を持つように、企業にとっても 経営理念を語り継ぐことは、 会社にとってポジティブな結集結集力となります。 家庭においても、家族の持つ品格が人間を作ります。


未来に向かって、踏み出す足元をしっかり固め 大きく飛躍するために、歴史から学ぶことをお勧めします。

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